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シノイズム

考察,実業論,アイティー,ライフハック

【新社会人おめでとう!】続けることしか目的化できない会社ならやめてもいいんじゃない




まずは新社会人の皆様、おめでとうございます!

懲役40年などと揶揄される長い長い社会人生活に突入したわけですが...

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なんだか『続けること』が大前提の世の中の風潮に僕はものすごく違和感を感じます。息苦しくないですか?

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人生の本質を見つめてほしい

少し自分語りをさせてください。

僕は小学生の頃に施設→中学生からは少年院という場所で暮らし、そのまま社会へ出ました。中卒で就職経験もありません。ちょうどバブルがはじけた頃なのでとくにおいしい思いもせず、22歳まではヒモでした。やっぱりあまり素行のよろしくなかった僕はある事件で逮捕、起訴され、執行猶予付き有罪判決をいただきました。

学はないし金もないのに逮捕歴はある。

頼れる人もいない。

さすがに今までの人生を反省し真面目に生きようとは思ったものの、こんな自分がまさかサラリーマンなどにはなれないだろうし、そもそも人の下で働くのが嫌でした。

物心ついたときからでしょうか、「自分の好きなように生きたい」と強く強く思っていました。

未熟だった頃はそれが悪い方へ流れてしまったけど、本気で自分の人生に向き合った時、やっぱり「自由に、好きなように、納得のいく人生を送りたい」と変わらず強く思いました。

 

じゃあどうすんの?

 

自力で事業を起こすしかありません。何日も何週間も考えてノート何冊にも事業計画を作りました。元手が必要なくて大きな利益を生むもの...

何をどうやったのかはまた別の機会に『実業論』として書かせていただきますが、23歳でイベントオフィスを立ち上げ、半年後には神戸のハーバーランドや月見山公園でフェスを主催し新聞取材まで受けるぐらいになりました。1年間で2000万円ぐらいの売上でした。

そして24歳の時、そのお金で神戸三ノ宮の一等地に自分のライブハウスを作りました。

ITや飲食事業へも積極的に進出し、ついには38歳で沖縄のリゾート地でのセミリタイヤ生活を実現しました。

でも実際はそんな優雅なものではありませんでした。

1年間ゆっくりしている間に、これまた悲惨なことに関西で残してきた事業がほぼ全て破綻したんですね(笑)権利収入で生活していた僕は一気にどん底でした。なけなしの資金でプランニングを捻り出し行った事業は

・2店舗連続で出店

・フェスの開催

・ラジオやTVへの出演

・大企業のマーケティングコンサルタント請け負い

・色んなお店や講座のコンサル

・一括交付金事業参画

縁もゆかりもない沖縄でたった1年2ヶ月の間に手掛けた仕事です。23歳のあの頃と同じく、いちからのスタートでした。

この全ての流れには秘密があり、綿密なプランニング通りの結果なのですがそれもまた『実業論』にて。

 

 

自己責任ではあるものの、この社会で自分の力で生きていくにはあまりにも不利な条件でのスタートでした。

「サラリーマンにはなれないだろう」

そんなことを考えざるを得なかった自分が、一番縁遠いはずの行政事業を担うまでになる。

 

人生ってわからないものだとよく聞きます。

 

本当にわからないでしょうか?

もちろんご縁やターニングポイントなんてものはあったものの、ここまでの道のり、結果、大枠という観点では僕は全て必然だと思っています。

自分で死ぬほど考え、成功率を突き詰めてやってきましたから。

自分の自由や理想を守るために不自由をし理不尽と血みどろの戦いもしてきました。

 

全て全ては「幸せになるために」です。

そして僕はとてもとても幸せです。

 


 

 

何を伝えたいのか。

自分の生き方は自分の心が決めてもいいんだ、ということです。

生活のために、なんて生き方は、きっと生活のための生き方になってしまうでしょう。

自分の幸せのために人生はあるんです。大切な人と一緒に幸せになるためにあるんです。

『生活のために』仕事を頑張ることに意義を見出したなら幸せなことですし、それが幸せだと自覚できるなら素晴らしいことです。

 

自分が生きたい生き方を突き詰めることさえできれば、こんなクズの極みのようなスタートでもそれなりの人生を送れるんです。

 

その突き詰めた答えが就職なのであれば就職すればいいし、その生き方自体が動機であるなら、そしてその先に目的や目標があるなら、続ければいい。

だけど、どうか『続けることが美徳』『続かないことは悪』『最近の若い奴は根性がない』そんな言葉や風潮に踊らされないでほしいと思います。

 

誰もが好きな職業に就けるわけではない。

誰もが恵まれているわけではない。

誰もが人生上手くいくわけではない。

 

そりゃあそうでしょう。少なくとも僕にはビジネスの才能は多少なりともあったのでしょうし、結果論で語っていることも承知しています。

でも、だからといって人生そんなにもつまらないものですか?

 

「やりたくもない仕事でも食うためには続けなければならないんだよ!」

 

確かにねぇ...理想やきれいごとだけではどうにもならないこともあります。

 

「家族を守るために安月給でブラックな会社に毎日クタクタになるまでこき使われてさぁ...」

 

これで頑張れる人、かっこいいです。自分はしない生き方、出来ない生き方、出来なかった、生き方です。本当に尊敬します。

だけど、それって全部続ける理由として明確で立派な動機なんです。動機がある時点で自分で選んでるんです。

選択の自由において『独立をしない』という選択をし、自由に不自由を謳歌しているんです。

 

だけど、『続けること』そのものが目的になってはいけない。

それを助長するような社会風潮はどこか足の引っ張り合いのような空気圧だ。

 

もちろん続けてみないことには分からないこともある。それを経験とも言う。不満がありつつも続けた先で好きになることだってある。

 

だけどね。

 

やめたきゃやめればいいんだ。

それが僕らに、あなたに与えられた自由。

 

だけどね。

 

やめてどう生きるかは僕らの、あなたの責任。

 

幸せの角度も尺度も人それぞれです。

 

正しい顔をして道を指し示す標識に導かれることも、

海の見える丘へ続く痛い砂利道を選ぶことも、

行き先不明の気車へ飛び乗ることも、

 

全ては自由に選んでいいんです。

2日で辞めてその先の自分に勝算と責任が持てるならね。(まあ会社は迷惑だろうけども...)

 

逆に言えば、とくになーんにもないならとりあえず頑張って続けてみればいい。何かを見出だせるかは自分次第だし、見出させるのは会社や上司の役目。

 

そういう話。

 

最後に

なぜ自分の汚点をさらけ出したのか?

きれいごとの理想論だと片付けられたくないからです。

本稿は人様の人生へ無責任に口出しする行為です。少なくとも説得力でもって書く必要があります。

クソど底辺からでも企業と同等の個人になれるという事を実録でもって説得力とし、しかし逆に言えば高校大学と出させてもらえてそれだけでアドバンテージじゃないかとも言えます。

内定までもらえて最高!かと思いきや、『幸福』という観点ではそれが必ずしも正解ではない。

30年仕事を続けようが新入社員だろうが叩き上げだろうがゆとりだろうが人生において個人の意思は尊重されるべきであり自由であるべき。

 

別に独立や起業を推奨するわけでも誰でもどうにかなるよって話ではありません。

自由には大いなる責任とリスクが存在しそれはどんな生き方を選んでも誰にも等しい。

 

最後にもう一度。

『続けること』が大事なのではない。

『続ける意思と理由』が大事なのです。

同じぐらい、『続けない意思と理由』そして『覚悟と責任と勝算』も尊重されるべきであり、最もそれを尊重しなければいけないのは自分自身です。

 

あなた達の未来は決して『懲役40年』などではない。自分次第で『パラダイス40年』にすることもできるし『脱獄』だって簡単に出来るんだから。

 

まあ、色々考えて自分なりに頑張れ!幸多からんことを!

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