読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シノイズム

考察,実業論,アイティー,ライフハック

【安保法案可決】 私から見た反対派の姿 ① 「集団的自衛権を否定するデモは結局集団的自衛権の肯定である」




http://tamutamu2011.kuronowish.com/sealds7.10.files/image003.jpg

 

安保法案が可決されましたね。

headlines.yahoo.co.jp

まあ、わかっていたことですが、とりあえず一段落ということでこれまで見守っていた世間での騒ぎについてモノ申したいと思います。

 

 

 

同じ平和を求める者同士でなぜ分かり合えないのか

まずは筆者の立場ですが、安保法案には賛成派だが政府のやり方には納得できていない、という立ち位置です。その立ち位置から筆者を賛成派とし、反対派の姿にフォーカスをあてて論じてみたいと思います。

では本題。

賛成派と反対派はなぜ分かり合えないか。

 

言動や行動の矛盾にアレルギーがある

まず筆者が感じる一番の矛盾。それはデモです。

デモ自体は否定はしません。しかし、今回のデモに至る行動原理を考えるとデモ自体に矛盾が生じてしまいます。

 

反対派がデモで訴えていることの中に集団的自衛権は違憲、というものがあります。また、集団的自衛権は自衛隊を戦地に送り込む、戦争を持ち込む、個別的自衛権で十分、平和に集団的自衛権は必要ない、などなど。

 

集団的自衛権は簡単に言うと相保証ですよね。

守ってほしければ守ってくれ、守ってくれるなら守ってやる、といった国同士の相互保証組合のようなものです。反対派の方々は勘違いされている方が多いのですが、日米安保条約とは関係ありません。国連加盟国、同盟国全てに適用されるものです。

安保法案の必要性などには別記事を下書きしているのでそちらで語らせていただくとして、簡単に言えばこういうことであり、「守ってほしければ守ってくれ、守ってくれるなら守ってやる」という事態がそもそも起きないように圧力と抑止力を最大化するためのものでもあります。

 

これに対する反対派の不安はわかります。あ、政治的な安保法案反対派のプロパガンダにまんまと誘導されている一般の方々の不安はわかる、という意味です。言ってることも十分理解できます。なぜなら、間違いなく一理はあるし普通の庶民感覚だからです。

ただし、主張に熱が入りすぎて安っぽいヒロイズムや悲劇に酔っている感が見受けられ、それが冷静な議論を妨げる要因になっていると感じます。ヒーロー、ヒロインは映画や漫画では理屈抜きでいつだって正義ですからね。

その理屈抜きのヒロイズム、という部分が矛盾やヒステリックな感情論を引き起こし、結果賛成派にとってアレルギーを感じることにつながっているのではないかと。

結果として、一理あるにも関わらず「敵と味方」に分かれてお互いの意見を否定し合うだけになってしまう。

 

ここまでを前提とし、では今から喩え話で解りやすく矛盾点を表してみます。

集団的自衛権を否定するデモは結局集団的自衛権の肯定である

集団的自衛権の前提である国際平和や特定の国に不利益、脅威をもたらす国や組織。

これを反対派から見た政府与党として置き換えてみましょう。

 

戦争法案として世論を煽りデモをけしかける野党はさながら国連安全保障理事会でしょうか。

 

煽動されてデモを主導したり参加する方々は軍隊にあたりますかね?

 

炎天下でさらに人間が密集した会場。熱中症や怪我、圧迫死の危険な場所に否応なしに連れて行かれる幼子は自衛隊でしょうか。アピールとしての役割り(後方支援)はしっかりありますものね?

 

何万人もの人間が参加している、全国でこれだけの場所でデモが起きているという散々なる数の主張は言い換えれば脅威(与党)への対抗手段として集団圧力が必要だからです。

 

例えば

blogos.com

これも同じです。ようするに、自分たちにとっての脅威(現与党や法案)へ対抗し、国民の権利や命を守るには対抗組織、集団の結束が必要だということです。

 

これが集団的自衛権です。

 

反対派の方々の行動はまさに集団的自衛であり、安保法案の肯定を体現してしまっているのではないかな?というのが筆者が感じる矛盾。

 

個別的自衛権だけでいいというのなら、1人ででも反対運動すればいいんです。デモを煽動するのではなく、賛同者へ選挙費用の資金提供呼びかけて出馬して議員になって反対すればいいんです。

 

公共の場を不当に専有、国土交通省が不法占拠と定める点字ブロックの占拠、恫喝、暴力、対立していると言えど、仮にも国を預かる首相、目上の人間に対して最低限の敬意も礼儀もない罵詈雑言。

www.sankei.com

これらは全て安保法案成立の根底となった脅威とされる行為そのものです。安保法案を正当に否定するなら、説得力をもって抗議しなければ意味がないと思うんですよね。

 

国会周辺地域静穏保持法及び請願行進の違反。

「違憲だ!」だと騒ぐならまず自分たちが法律法令を守らないと。

 

大義のためなら少々のことは目をつぶった方がいいですか?

では、大義のために憲法を少々解釈変更してもかまわないってことですか?

 

法律法令を順守し、誠意のある言葉と態度で、日本国の主権者として国旗を掲げ、誠実な姿勢で行われるデモだったらもっと世論は動いたと思うし、 賛成派にも響いたと思います。言っていることには一理あるんだから、少なくともお互いを尊重した意見交換ができていたはずです。

筆者は、安保法案が間違っているとは思いません。しかし、反対派の意見が間違っているとも、思いません。どちらも全ては未来のこと、可能世論の話なので、現時点で明確な答えなど求めようもないからです。

筆者が賛成なのは、国際情勢、国際世論、国連安保や世界の仕組み、過去でも未来でもなく、現在進行形の現実的な脅威、沖縄で日常目耳にするスクランブルや自衛隊が晒されている危険など、総合的に考えれば安保法案は賛成、に傾きます。

しかしこれはどちらが正義で悪の話ではなく、天秤のお話なのです。

 

と、物分りのいいようなことを言いつつも、やはり反対派の方々の矛盾だらけの行動や言動にはどうしても共感することができないのです。それを肯定する意見にも。

決して、言い分や抱える不安に共感できないのではないです。

同じように、その姿にアレルギーを感じる方々が大勢いるのだと思います。だからいつまでも平行線なのではないかな?と。

安保法案は反対だけど、あのデモや暴言は許容できない、という冷静な方も中にはおられます。そういう方々とは実に建設的なお話ができました。

 

ただし、賛成派がみんなお行儀が良い、とは言いません。賛成派の意見や姿はマスコミやメディアは取り上げないのでどうしても反対派の姿ばかりが目につくわけですが、これはこれで本末転倒な気もしますけどね。 

 

まずわかり合わないことには最善など生まれるはずもありません。

答えは天秤の片側にではなく、真ん中にあるのですから。

 

 

今回はここまでです。

読んでいただき、ありがとうございました。m(_ _)m

 

Copyright © 2017 ShiNOiSM All rights reserved.