シノイズム

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【考察】百田尚樹氏発言に見る言論の自由と言論封殺について考える

http://i.huffpost.com/gen/3124336/images/n-NAOKI-HYAKUTA-large570.jpg

画像リンク出典:http://www.huffingtonpost.jp/

6月25日に自民党勉強会に招かれた作家の百田尚樹氏が「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と発言し波紋を呼んだ。

 

-この記事はスポンサー 匿名希望様 の提供でお送りいたします(記事末参照)-

 

 

今月25日、自民党勉強会に招かれた作家の百田尚樹氏が「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と発言。さらに参加した議員らからは「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番。経団連に働きかけて欲しい」「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればいい」など、政権に批判的な報道を規制すべきだという意見が出た。

百田氏は冗談だと弁明しているが、28日、今度は大阪府泉大津市で開かれた講演会で「その時は冗談口調だったが、今はもう本気でつぶれたらいいと思う」と語った。

引用:http://bylines.news.yahoo.co.jp/

 

 報道やSNSなどの民間感情は当然のように批判的な意見が多数を占めているが中には「言論の自由」を尊重すべきという意見も見かける。


まずはじめにわたくしShiNO(以下、筆者)としての立ち位置を明確にしておきたい。筆者は現在沖縄に在住し生活をする沖縄県民です。2014年9月に関西から移住し、9ヶ月が経過しました。

たかが9ヶ月ですが、その間にも沖縄の様々な現実、状態、政治傾向などを生活の中で体感し、そういったリアリティから真に考えさせられることがたくさんあります。

現在、辺野古移設問題や基地問題、尖閣諸島やオスプレイ、外国人観光客や利権問題など実に様々な問題に直面している沖縄。本当の現実や真実はなんなのか?

沖縄で暮らす当事者として思うこと。それは、

 

対外的情報の歪さ

 

です。

メディアが報じる内容やスタンスと現実や真実のギャップがあまりにも激しいということですね。そして、そういったメディア情報を前提にSNSなどで語られる各問題への意見などがあまりにも的はずれなものが多いということ。

 

沖縄2紙と呼ばれる「沖縄タイムス」「琉球新報」

 

筆者の個人的な意見としては、 偏ったメディアだと思っています。百田氏同じく筆者も沖縄2紙に対して否定的なわけです。

偏った価値観や思想を代弁し広報するためのものに過ぎず、これが沖縄の真実や民意を代弁しているかのように周知されている現状は非常に危ういと感じています。それは民放や各種新聞でも同じくですが、基本的には中立で誠実な媒体はほとんど存在しない、と思っています。

 

では、このような新聞は潰すべきなのでしょうか?

 

言論の自由というものがあります。

国際人権法に発し日本国憲法でも表現の自由に内包される権利として認められています。

 

筆者は、今回の百田氏及び議員らの発言は「言論封殺」であると考えます。他者の自由権を侵害する行為です。

 

思想や価値観というものは当然に単一的に存在するものではありません。沖縄2紙が偏った内容であっても、それは尊重すべき思想や価値観であり、反論があるなら圧力ではなく同様に論でもって対抗すべきなのです。その自由もまた認められているのですから。

 

言論の自由は万能の剣ではない

 

言論の自由というのはどのような場合も認められるのでしょうか?筆者はそうは思いません。

自分の主義主張を行うことと、他者の主義主張や権利を封殺することは同じではないからです。

立場や社会的影響力、言葉の選び方、主張内容の選定、全てに責任があり、その責任の上ではじめて自由というものは認められるのではないでしょうか。

 

百田氏にも当然に言論の自由はあります。しかし、百田氏は民間人ですがやはりそれなりに影響力のある方です。そういった方が「沖縄2紙を潰すべき」などと冗談でも言ってはいけないことだ。また、影響力のある人間の「潰すべき」などという過激な発言は特定の個人や団体に対して十分な圧力になります。

百田氏は弁明として「冗談で言ったものを盗み聞きされた」と言っていたが、冗談で言ったとなると余計に質が低い。

そういった考えがあるのならば、根拠に基づいた自身の考えを論として昇華し堂々と表明すべきである。

 

自由という剣を振り回して所構わず気軽に切りつけてもいいということではないのです。

 

メディアであれ個人であれ、特にこれだけネットの発達した現代においてはそれぞれがリテラシーやマナー、共通通念としてのルール、TPOなどをわきまえた上ではじめて言論の自由が確保されると考えるべきであり、自分の権利が尊重されるべきと同じくして他者の権利も同様に尊重するべきなのです。

 

『やっかいやなあ』とか『あの会社つぶれたらええのに』ということあるでしょう。それを、こいつこんなこと言ったと書かれているようなもの。極端な言い方だが、飲み屋の会とあまり変わらない。

引用:http://www.sankei.com/

 

サラリーマンの飲み屋での愚痴と同じに考えてるような自覚のなさ。

 

 

自身を言論人と称し講釈する資格があるのか、筆者は疑問を感じました。

「願っているという意味だ」

これじゃただの察して君です。そういった思想や思考を伝わるように伝えるのが

「言論人」というのではないでしょうか。

 

影響力は違えど、筆者ならびにオレラ作家も言葉や表現を発する自由と責任をしっかりと考えてやっていこうと思います。

 

 

 

 

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